仏事の知識

友引の葬儀

友を引く亡くなられた人が親しい友人を呼ぶとして葬儀を行わないのが一般的となっています。実はこれは迷信といわれているのですが現代社会の世間の常識として友引の日にお葬式を出すことで、それを気にする会葬者にもいやな思いをかけることになるのでほとんど行われていません。

享年の意味

仏の世界では母親のお腹に命が宿ったときから年を数え始め、十月十日後に生まれたときが一歳になるといわれています。そこで位牌の享年○○歳も満年齢でなくかぞえ年になっています。亡くなったらまたあの世に生まれる。生まれたときが一歳ということです。

五色幕(ごしきまく)

お寺の本堂に吊り下げられている五つの色が順番に縫い付けられた幕は、五色幕と言います。青、黄、赤、白、黒の五色になっており、青はお釈迦さまの髪の色で、心の落ち着いた状態をあらわします。黄は体のことで、不動の姿、金剛身。赤は血液で脈々と流れ、止まることのない色、日頃の精進。白は清らかな歯であり、清浄心。黒は釈迦の聖なるお体を包む袈裟の色で何ごとにも堪え忍ぶ心を表現しています。五色の幕は本堂を荘厳するとともに、お釈迦さまのお姿に包まれてお寺様は仏の道を歩んでいると言われます。

水道の蛇口

水道の水の出口を蛇口と言いますが、神社やお寺にはよく手水場があり、この水の出る口は龍の形が多いいです。参拝者は本殿にお参りする前に手水鉢から水を汲み、手を洗い口をゆすいで身と心を清めます。又、四月八日のお釈迦さまのお誕生日には甘茶をかけてお祝いをするのですがその甘茶は産湯の意味があり、前世に良い生活をおくったとされる天人の使いである二匹の大蛇が降りてきて口から甘茶をそそいで釈迦誕生の産湯にしました。龍も蛇も天人の使い、そこから流れ出てくる水は天の恵み、浄らかな水、その意味から蛇口と申します。

引導を渡す

葬儀で導師が引導を渡す作法があります。亡くなられた人を仏の教えにより、仏の世界へ導き引き入れる為に導師は故人の死を悼むとともに、生前の生き様、これまでの陰徳を述べ、これからの仏弟子としての生きる道を教示するものです

お坊さんの坊主頭

お坊さんはなんで頭をツルツルになぜ髪を剃るかと言いますと貪欲、怒りの感情、愚痴の三毒といわれる煩悩を消し去るためです。髪の毛は剃ってもまた生えてきます。髪の毛と同じく煩悩も無くしてもまた湧いてまいります。髪の毛を煩悩にたとえ、剃髪することによって煩悩を消し去るという意味があります。

ご先祖様

毎日の生活の始まりは朝のお参りからと言われます様に仏教の信仰心が強い人ならば、まずはずお仏壇に朝の挨拶をいたします。朝食をいただく前に、炊き立てのお仏飯をお供えし、お水をあげ、ローソクを灯し、お線香を立て、お鈴を鳴らして静かに手をあわせます。人からのいただき物はお仏壇にお供えしてからご先祖様より分けていただきます。
ご先祖様は何人でしょうか。誰にでも両親がいて、その両親にも両親がいる。そしてその2人にも同じように両親がいて、と数えていくと10代、20代となるとものすごい数のご先祖様になります。もしもその1人でも欠けていたらこの世に自分はおりません。その命のつながりに感謝することがお仏壇に合掌することです。

百か日(ひゃっかにち)

亡くなってから百日目にあたる日を「百か日」と言います。昔はみな土葬でしたので棺のまま穴を掘って埋め、その上に印の石を置いておきましたが日にちの経過により棺がだんだんと腐れはじめ、土が沈み、石もずれてくるのが100日経った頃と言われていました。そのため、100日目にお墓へお参りをして、土を盛り、石を置き直し、お墓を整えて供養をしたそうです。また、百か日のことを、卒哭忌とも言い、
そろそろ悲しみから抜け出して泣く事を終え、新たな気持ちで日常の生活をしていきますと心に誓う日でもあります。